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 報  告

 平成28年度第3回研究会 

 

平成29年2月27日(月)に,ニューダイヤモンドフォーラム平成28年度第3回研究会が,早稲田大学西早稲田キャンパスで開催された.今回のテーマは,「ダイヤモンドパワーデバイス実現のカギ:インパクトイオン化と結晶成長」であった.近年,ダイヤモンドのパワーデバイス応用に関する研究が継続的に行われており,本誌120号に「展望」(No.120,pp.3-8)として掲載されているように,内閣府SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)において,ダイヤモンドパワーデバイスに関するプロジェクト研究が進められているところである.ダイヤモンドは他のワイドバンドギャップ材料以上に優れた高耐圧特性が期待される半導体である.本研究会では高耐圧特性のもととなるインパクトイオン化に関する講演が2件なされた.またそれに引き続いて,ダイヤモンド結晶の大型化とドーピングという,パワーデバイスに不可欠な要素技術に関して,示唆に富んだ講演が2件あった.

大阪大学の鎌倉良成氏は,「フルバンドモンテカルロ法によるダイヤモンドのイオン化係数の解析」と題して,フルバンドモンテカルロ法による半導体中のインパクトイオン化シミュレーションについて概説した.初心者にもわかるようにイメージ図を含めて丁寧に講演をしてくださったため,参加者には非常に有益であったと思われる.この計算手法は,計算機上で結晶内部のキャリヤの振舞い,つまり電界による加速と散乱を繰り返す粒子運動を追跡し,その平均から輸送量を求めるものである.この手法は電界加速や散乱を受ける1個のキャリヤに注目した計算であるため,キャリヤの振舞いをイメージしやすい.ダイヤモンドのインパクトイオン化では,キャリヤのエネルギーが高くなるため,フルバンド計算において特に高エネルギー側のバンドを正確に記述することが重要であることが述べられた.フォノン散乱確率を計算したところ,電子に対してよりも正孔のほうが小さくなった.その結果,同じ電界下であっても電子より正孔のほうがより高エネルギーに加速されることがわかった.このことは,ダイヤモンドに高電界を印加した場合に,正孔によるインパクトイオン化が支配的となることを意味している.本計算結果と過去の実験データとの比較を行ったところ,おおよそ良い一致が見られたことが示された.より詳細に計算を行うためには,キャリヤ移動度の電界依存性など実験的な基礎データが必要であるとのことである.半導体物性を理解するための基礎データ取得が重要であることを改めて実感した.

産業技術総合研究所の畠山哲夫氏は,「ワイドバンドギャップ半導体の衝突イオン化係数の実験的な見積り:SiCでの例を中心として」という題目で講演された.講演ではパワーデバイス用新材料としては最も進んでいる4H-SiCを例にあげ,その衝突イオン化係数の測定とモデル化に関して報告された.SiCのpn接合素子を作製し,素子に高電圧を印加した状態で空乏層内にレーザ光照射することでキャリヤを発生させた.そして,励起キャリヤの電流─電圧特性を解析することで,衝突イオン化係数を決定した.実験に使用したSiCウェーハのドーピング濃度が面内で不均一であったのを逆手に取り,1枚のウェーハで絶縁破壊特性ドーピング濃度依存性を取得できたとのことであった.デバイスシミュレーションには鎌倉氏が用いた粒子法(モンテカルロ法)ではなくて,粒子群として取り扱う拡散─ドリフトモデルが用いられ,実験データをもとにインパクトイオン化の電界依存性や飽和ドリフト速度を得た.この手法を用いてダイヤモンドのインパクトイオン化を見積もるためには,適切なpn接合の形成とメサ加工,試料表面での異常放電を抑制するためのパッシベーションが必要であるとコメントをいただいた.講演では,なぜ,SiCのパワーデバイスへの導入が進んだかについても触れられた.市販基板の大型化はもちろんのこと,予想に反して貫通欠陥のような結晶欠陥がキラー欠陥にならないとのことであった.

産業技術総合研究所の山田英明氏は「ダイヤモンド結晶大型化の課題と展望」という題目で,ダイヤモンドの最も大きな課題である単結晶の大型化について,包括的な視点で講演された.ダイヤモンド結晶の大型化には,結晶成長速度の向上が不可欠である.過去に報告されているプラズマCVD成長条件の推移を見ると,原料ガス圧の上昇の一途を辿ってきたことがわかる.ガス圧力上昇により火炎法に近づけるようなこれまでの成長条件最適化だけでは,さらなる成長速度向上の望みは小さいというのが,山田氏の指摘である.またガス圧力上昇は成長領域の不均一性も引き起こし,大面積成長への足かせとなる.さらにダイヤモンド結晶が長尺化するうえでは,結晶基板の上部と下部の温度差を小さくする必要があり,ガス温度の低下が不可欠である.原料ガス温度を上げすぎず,しかしながら十分な量の反応プリカーサを得る方法の一つにパルスマイクロ波の利用が提案された.パルスマイクロ波を用いたダイヤモンド高速成長については,過去の報告が少ない.山田氏らはパルス幅をミリ秒以下にすることで,ガス温度の低下と成長速度の向上を両立したと述べた.山田氏らの今後の取組みを期待すると同時に,山田氏の講演から得たメッセージを念頭に置いて,各研究者も成長条件の最適化を行う必要があると感じた.

物質・材料研究機構の小泉 聡氏は,「ダイヤモンドへの不純物ドーピングの特異性」という題目で講演された.小泉氏は,リンドープn形ダイヤモンドに関する第一人者として知られており,今回はn形ダイヤモンド成長の黎明期から現在に至るまでを説明された.リンドープn形ダイヤモンド成長の成功は,通常行わない成長条件の組合せによるものであった.石英管を反応槽とする無機材研型CVD装置で水素の取込みを抑制し高品質結晶を得るために,成長温度を900℃以上,圧力80Torrの領域に最適パラメータを見つけたところは驚きであった.このような成長条件は,金属製反応容器を用いる最近の研究ではよく用いられているが,2000年以前の時点で一般的に用いられていた成長条件とは大きく異なるものであった.何よりも{111}結晶面に注目した点が斬新であった.ダイヤモンド単結晶微粒子を用い,そのファセットのモフォロジーが成長によってどう変化するかを詳細に調べることで,これらの最適条件に至ったとのことであった.小泉氏は電子デバイス応用における高濃度リンドープの必要性に触れたうえで,最近の高濃度ドーピングに関する研究成果について述べられた.まず,リン不純物をより多く取り込ませるために反応チェンバ内部でのガス流路を工夫し,さらに結晶オフ角を最適化することにより,リンドープ効率の大幅向上が期待されることを述べた.ダイヤモンド研究一筋で,約30年間の研究に裏打ちされる内容には,説得力を感じる講演であった.

今回の研究会では,各講師が平易に説明するように努力をされたため,参加者にも理解されやすかったと思われる.この研究会を通して,インパクトイオン化率の実験的評価の重要性を再認識した.また,他材料の実例を通して,「ダイヤモンドではどのような素子構造と評価法を用いることでインパクトイオン化率を評価できるか」を考える良い機会となった.さらに,ダイヤモンド単結晶の大型化や新しいドーパントの技術が与える波及効果はパワーデバイス分野のみにはとどまらないことから,今後も多くの方が挑戦されたい課題だと感じた.参加人数は34名であり,懇親会には27名と多くの方が集ってくださった.

寺地 徳之(物質・材料研究機構)

 

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