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 報  告

 第36回ダイヤモンドシンポジウム 

 

発表件数の推移

図 1 企業展示

第36回ダイヤモンドシンポジウムが2022年11月16日(水)〜18日(金)の3日間にわたり開催された.最近2年間はオンライン開催に留まっていたが,大学などでは対面授業が再開され,学会の開催も許される状況になったのを鑑み,口頭発表を現地開催,ポスタ発表はオンライン開催とされた.一昨年度からの企画案がやっと実施に移されて,口頭発表は慶應義塾大学矢上キャンパス創想館マルチメディアルームを会場として11月16日(水)〜17日(木)の2日間の日程で開かれた.前回からのもう一つの変更として,ポスタ賞および企業展示(図1)の設定も復活された.講演件数は口頭発表25件(特別講演,キャンセル2件を除く),ポスタ発表37件(キャンセル1件を除く)であり,講演賞には13件(キャンセル2件を含む),ポスタ賞には12件(キャンセル1件を含む)の応募があった.

初日午前は成長関連のセッションで始まった.嶋岡毅紘ら(産業技術総合研究所)は,ダイヤモンドバルク成長において直交面成長を取り入れることで転位密度を減少させた.(001)成長面では,転位が[001]方向に伝搬する.第1の厚膜成長後に,その厚膜の側面を研磨して第2の成長を行うことで,転位を大幅に低減することが目的である.第2の成長を行う下地基板には{001}面からのオフ角が存在するために,下地基板表面に現れる転位を完全に抑制することができず,また一定量の転位が第2の成長で現れるために,エッチピットで判別された転位密度は少なくとも104cm−2台であった.さらなる転位の低減には,側面オフ角の制御性などを高める必要がある.片宗優貴(九州工業大学)らは,熱フィラメントCVD法によりリンドープダイヤモンド(111)薄膜を成長した.特に高濃度ドーピングしたときの電気的特性を調べたところ,マイクロ波プラズマCVD法で成長された薄膜と同様に,その伝導度は熱活性型の伝導とホッピング伝導の和で説明された.古橋匡幸ら((株)イーディーピー)は,マイクロ波プラズマCVD法で高濃度ホウ素ドープダイヤモンドを作製し,その格子定数や伝導度を調べた.ホウ素濃度は2〜8×1020cm−3であり,伝導度は0.01〜0.003Ω・cmであった.XRDロッキングカーブの半値幅はホウ素ドーピングを行うことにより基板のそれに比べて倍程度に広がったことから,結晶性の向上が今後の課題としてあげられた.織田堅吾(北海道大学)らは,酸素添加条件で成長したダイヤモンド単結晶薄膜を用いて電荷キャリヤ輸送特性を評価した.酸素添加条件で成長したダイヤモンドサンプルでは,カソードルミネセンス測定において自由励起子発光が強く観測され,また電荷収集効率が向上した.一方でこのサンプルの移動度と寿命の積(μτ積)が短いため,検出器応用のためにはこれらの値の向上が今後必要であると述べた.久保田侃昌(東京理科大学)らは,マイクロ波液中プラズマ法を用いてダイヤモンド厚膜の高速合成を試みた.これまでは装置構成由来のさまざまな要因により成長が不安定となり,下地基板の破損やダイヤモンド薄膜のはく離が見られていた.本研究では,これらの要因を低減するための手段をいくつか施すことで,1時間程度の連続成長に成功した.現時点では成長速度は20μm/h程度に留まっており,高速成長や膜厚の均一化のためにはさらなる装置改造が必要である.

初日午後前半では,化学・バイオ分野の発表が行われた.杜京倫ら(慶應義塾大学)は,ダイヤモンド電極の表面活性化によるCO2電解還元の高性能化について報告した.ダイヤモンド電極において,−1mA/cm2でのCO2還元(自己活性化プロセス)を経た後では,その後のCO2の定電位電解においてギ酸生成のファラデー効率が大きく向上することが説明された.通常のCO2電解還元では中間体である•−CO2生成を経由して還元生成物が得られるが,自己活性化を経由するプロセスでは,CO2電解還元に伴うダイヤモンド電極表面にカルボキシル基が生成し,それを介した新•−規反応経路を経ることで,CO2生成を伴わずに高効率でギ酸が得られていることが示唆された.三宅祐大(東京理科大学)らは,ホウ素・窒素共ドープダイヤモンド(BNDD)パウダの作製とCO2電解還元用電極への応用について報告した.ダイヤモンド電極を用いたCO2電解還元に関して,活性の向上と電極の大面積化を目的としてBNDDパウダを開発した.仕込みのホウ素および窒素原子濃度をさまざまに変更したBNDD薄膜およびBNDDパウダを作製し,CO2電解還元によるギ酸の生成量およびファラデー効率を比較した.その結果,ホウ素・窒素濃度の最適値が存在することが示された.特に低過電圧条件において窒素ドーピングによるギ酸生成の効果が見られ,表面窒素種を介した•−CO2生成を伴わない経路で反応が進行していることが示唆された.栗原香(住友化学株式会社)らは,ホウ素ドープダイヤモンド(BDD)電極を用いた小型高速オゾン水濃度センサについて報告した.ダイヤモンド電極を用いた水中オゾンの電解還元反応による濃度測定が可能であることが知られており,それを利用した低コストで量産化可能なセンサが提案された.作用極,対極,参照極すべてをBDD電極とするセンサを開発し,オゾン水濃度を測定した結果,安定な濃度測定が可能であることが報告された.また,オゾン水中のカルキに影響を受けず,pHによる変動もないことから,本センサにより簡便,安価にオゾン水濃度を測定できることが示された.大曲新矢ら(産業技術総合研究所)は,ダイヤモンド電子舌センサとAI技術を活用した溶液情報の分類に関して報告した.ダイヤモンド電極を作用極とする電子舌センサでは,5Vの広いレンジでサイクリックボルタンメトリーによる電流データを取得でき,また微弱なピークまで検出することができるため,従来の電子舌より有用なデータが得られることが説明された.コーヒー飲料やワインなどの実サンプルに対してダイヤモンド電子舌を用いた分析結果が示され,各サンプルについて良好な指紋情報が得られることが報告された.ダイヤモンド電極のサンプル間のばらつきや測定の安定性も良好であることが示された.

 

発表件数の推移

図 2 特別講演

初日最後には特別セッション「量子デバイス」が設定された.まず,慶應義塾大学の早瀬潤子教授により基調講演「ダイヤモンド中NV中心を用いた量子センシング」がなされた.ダイヤモンドNVセンタによる量子センシングの基礎原理の解説,ダイヤモンド(100)基板に(111)結晶方位のファセット構造をもたせてそこに方位を制御したNVセンタを作製する作製方法を利用したデバイス構成,さらには電界あるいはひずみ印加による±1のスピン状態の混合からラジオ波によるDressed状態の作製と多光子吸収状態の実現ができることが紹介され,量子デバイス応用への展望が披露された.基調講演のあとには4件の一般講演があった.淺野雄大(早稲田大学)らは,NVアンサンブル濃度を発光強度およびNVセンタどうしの相互作用によるコヒーレンス時間の測定で評価し,高濃度窒素ドープダイヤモンドへの電子線照射量を変えた場合のNV濃度を調べた結果,HPHTに匹敵するNV収率をCVDダイヤで達成したことを報告した.小菅臨(量子科学技術研究機構)らは,NVセンタ周囲の同位体の完全制御を達成するために,CとNの同位体を用意しやすいソース材料としてL-アルギニンを用いた有機化合物イオンビーム注入でNVセンタ1315作製する試みを発表し,CとNの核スピン,それにNVセンタの電子スピンをハイブリッドとして利用する多量子ビットを目指していることを報告した.川瀬凜久(京都大学)らは,NV量子センサの感度を向上させるダイヤモンドのn形をP(リン)ドープによって達成すべく,Pのドープ源として安全性の高いtert-ブチルホスフィンを利用したダイヤモンド合成を発表した.NVの(111)配向が確認され,窒素濃度の抑制により約1.6msのコヒーレント時間を達成できる一方で,過剰なP濃度のドープの場合にはかえってコヒーレント時間が短くなることも報告した.真栄力(物質・材料研究機構)らは,NVセンタどうし,NVセンタとほかの常磁性欠陥(NV0,置換型窒素,NVHセンタなど)の磁気双極子相互作用をそれぞれ区別して特定し計測する試みを発表し,NVの濃度増大に伴いNVセンタどうしの磁気双極子相互作用によるコヒーレント時間の減少を示唆した.

2日目午前にはデバイス関連の発表がなされた.成田憲人ら(早稲田大学)は,縦型ダイヤモンドMOSFETにおいて側壁チャネルにC-Si-O層を導入することでノーマリーオフ動作に成功した.C-Si-O結合をダイヤモンド表面に形成することによりシートキャリヤ密度が水素終端表面より低下することが,ノーマリーオフ動作が起こる主たる要因であり,しきい値電圧は−9.1Vであることが述べられた.松本有吾ら(九州工業大学)は,ダイヤモンドpip構造の電気的特性においてスナップバック現象が見られることを報告した.その要因がダイオードでの発熱に由来すると推測したが,この議論には温度制御と電気特性評価とを独立して行う必要があるというコメントがあった.長幸宏ら(早稲田大学)は,エアブリッジマルチフィンガー構造を有するダイヤモンドMOSFETを作製し,ゲート幅拡大時の高周波特性劣化を大幅に抑制した.個別のFETを作製した後にドーム状のレジストを表面に塗布し,その上にエアブリッジ用の配線金属を蒸着することで,エアブリッジマルチフィンガー構造を作製した.フィンガー数に比例して周波数特性が向上した.熱伝導率が高いダイヤモンドではデバイスの高密度化が期待できるため,ダイヤモンドFETの特性を十分に発揮するための最適な構造であるという印象をもった.山川翔也(中央大学)らは,ダイヤモンド横型pinダイオードを作製し,そのNEA表面からの電子放出特性を評価した.縦型pinダイオードと比べると,エミッタ・コレクタ間に障壁がなく面積を広く取れる点が横型のメリットである.電子放出効率として2.5%を得たが,この効率を得ているときの電子放出箇所はpn対向面間ではなくp層側壁からであった.この放出箇所については説明が現時点では難しく,またNEA表面からの電子放出であることを証明するための電子エネルギー分布の評価も,今後の課題となった.竹内雅治(早稲田大学)らは,超伝導層を近接配置した超伝導ダイヤモンドFET動作を試みた.本発表では対面する超伝導層からの染出し波動関数の重ね合わせが見られなかったが,挑戦的な課題であった.
 2日目午後には評価関連の発表がなされた.藤原正規(京都大学)らは,爆轟法で形成したゲルマニウム─空孔中心を含有するナノダイヤモンドを用いた温度センシングの可能性について報告した.GeV発光のゼロフォノン線の波長と測定温度に一次相関がある.細胞内への取込みが可能な直径が20nm以下のダイヤモンドを用いて0.01nm/Kを実証した.ナノダイヤモンドの場合,結晶内部のひずみなどのため,カラーセンタのゼロフォノン線の波長位置が個々で異なる.ナノダイヤモンドの品質にばらつきが大きい場合,個別に温度検量線を知る必要がある点が,温度測定に使用する際に問題となってくるであろう.関裕平ら(神奈川大学)は,Ua型ダイヤモンドへのボロンのイオン注入を行い,活性化のためのアニール時間と電気特性との相関を調べた.注入ダメージを回復させるためには120分以上の熱処理が必要であることを述べた.田中孝治(産業技術総合研究所)らは,高分解能EBSD法を用いてモザイクダイヤモンド基板の接合部と熱フィラメントCVD成長による接合部の結晶性の変化を調べた.接合部にはひずみが局在するが,熱フィラメントCVDを施すことでひずみが広範囲に分散され,均一化されることを示唆した.平間一行ら(日本電信電話株式会社)は,MBE法によりn形cBNエピタキシャル薄膜を成長し,そのキャリヤ散乱機構を調べた.得られた薄膜は高純度であったが,移動度は1cm2(/V・s)以下と小さかった.今後,ホモエピタキシャル成長を行うなどして結晶内の転位密度を低減することが,移動度向上につながると考えられた.外間進悟(大阪大学)らは,生体計測応用に向けて炭化ケイ素のナノ粒子内へのカラーセンタの形成を行った.また表面終端をポリドーパミンコーティングすることで,粒子どうしの凝集を抑制した.SiCナノ粒子に電子線照射と熱処理を施すことでカラーセンタを形成した.生体窓である近赤外領域の発光波長をもつカラーセンタを再現性良く形成することが今後の課題である.
 2日目最後に特別講演(図2)として,関西学院大学の鹿田真一教授から「ワイドギャップ材料・デバイスを追って」と題して講演がなされた.企業で研究開発に長く携われていた経験談を中心に,トランジスタ,光通信デバイス,ダイヤモンドSAWフィルタの上市,そしてパワーデバイスを目指したダイヤモンド研究が話題とされた.鹿田氏は本フォーラムにおいて広報・出版委員会委員長,国際委員会委員長,理事を歴任されるとともに,国際会議NDNCの日本開催では中心的な役割を果たされ,この分野の発展に貢献されたことを申し添える.
 3日目午後にはポスタ発表がZoomを利用してオンラインで開催された.各1時間の3セッションに分けられて実施され,発表は分野を問わずに各セッションに割り当てられた.ブレイクアウト機能を利用した発表スタイルは,特に問題なく進行した.
参加者は153名であり,コロナウイルス感染拡大前の200名前後には及ばなかったものの,オンライン開催での約100名からは明らかに元の状態に戻りつつある.対面でのポスタ発表,さらには懇親の場である学術交流会が心配なく開催できるような社会状況が待たれる.

近藤 剛史(東京理科大学)
寺地 徳之(物質・材料研究機構)
宮本 良之(産業技術総合研究所)
平田  敦(東京工業大学)

 

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