カレンダーに戻る

 報  告

 第26回ダイヤモンドシンポジウム 

2012年11月19日〜21日 於:青山学院大学

 

発表件数の推移

第26回ダイヤモンドシンポジウムは,平成24年11月19日〜21日の日程にて青山学院大学青山キャンパスで開催された.発表件数はオーラル40件,ポスター75件,および特別講演1件の116件であった.延べ参加人数は,招待者を含めて241名,懇親会出席者は102名であった.図1に1994年第8回からの発表件数の推移を示す.発表件数の推移はここ数年120件前後で落ち着いているが,参加者は例年に比べると若干多めであった.平成22年度第24回(東工大開催)から始まったテーマセッションは,今回は「エピタキシャル成長」および「電気化学」が企画された.また,優秀講演賞はエントリー者16名のオーラル発表から2名が選ばれ,またポスター賞はエントリー者41名から最優秀賞1名,優秀賞2名が決定された.詳細は後述する.各セッションにおける発表内容は以下のとおりである.

第一日目のオーラルセッションでは,三重大の小海らがレーザ蒸着法によるGe/Cのコアシェル型の一次元ナノ構造成長について報告し,その成長機構が溶融C/Geナノ粒子からの成長であることを述べた.中部大の野田らは,エタノール溶液へのパルス放電によるグラフェン微粒子の形成について報告し,エタノールへの樟脳(C10H16O)添加によりグラフェン内の欠陥密度が減少することを述べた.同グループの松島らは,エタノール溶液へのパルス放電法により作製したナノグラフェン微粒子を電極に用いて交流抵抗および静電容量を測定することにより,欠陥の少ないナノグラフェン微粒子の作製に成功したことを述べた.産総研山田(貴)らは,スロットアンテナ型マイクロ波プラズマCVD法を用いることで,従来の2倍の生成速度でのロールtoロール合成に成功した.尾池工業の嶋田らは,プラズマCVD法により作製したグラフェンを透明導電膜に応用することによって,タッチパネルの試作を発表した.東大生産研の増渕らは,六方晶窒化ホウ素上の高移動度グラフェンを用いて,1.mもの長さに及ぶ室温バリスティック伝導を観測するとともに,特異な磁気抵抗ピークを見いだしたことを発表した.本発表は優秀講演賞に選ばれた.

昼休みを挟んで,第一日目午後は,オーラル特別セッションの「エピタキシャル成長」が行われた.基調講演として青山学院大の澤邊らは,ダイヤモンドのヘテロエピタキシャル成長についての歴史をまとめ,当グループが進めるMgO基板上の単結晶イリジウム(Ir)薄膜を下地基板としたダイヤモンドのヘテロエピタキシャル成長の発展を包括的にまとめた.産総研の山田(英)らはクローン基板を用いた単結晶基板接合技術を用いた大面積基板成長を報告し,40mm角基板を再現性良く作製できることを述べた.青山学院大の木村らは,イリジウム単結晶下地を用いたヘテロエピタキシャル成長の選択成長において異常成長粒子の生成を抑制することに成功したことを述べた.

また,続いてのオーラルセッションにおいて,電気通信大の松島らは,Si基板上のマイクロ波励起CVD法によるダイヤモンド成長において,モノメチルシラン(MMS)を添加することによって,高配向初期核を形成できることを述べた.早大の栗原らは,高濃度ボロンドープダイヤモンドの薄膜化を試み,280nmのダイヤモンド薄膜においても超伝導臨界温度10Kを得ることに成功したことを発表し,弾性変形している欠陥のほとんどない薄膜領域で優れた超伝導性が得られることを述べた.青山学院大の市川らは,ヘテロエピタキシャルダイヤモンド膜の水素プラズマエッチングによるエッチピット形成が[001]貫通転位に起源があることを述べ,転位密度を求めるための良好な手法となることを発表した.北海道大学の佐竹らは,3°オフダイヤモンド(100)基板上に成長させたダイヤモンド膜の品質をタイムオブフライト法による電荷輸送特性を測定することによって評価し,マイクロ波パワー制御が重要であることを述べた.

第二日目の午前でのオーラルセッションで,日本原子力開発機構の小野田らは,ダイヤモンド内のNVセンタ共焦点顕微鏡観察とフォトルミネセンス励起波長スペクトルからNVセンタ位置と結晶格子のひずみ量を測定することができることを述べた.同様に日本原子力開発機構の山本らは,12C濃縮度99.999%のダイヤモンド単結晶内にイオン注入法において形成したNVセンタのスピン緩和時間を測定し,これまでの最長の報告値2msに達していることを発表した.大阪大の土井らは,ダイヤモンドpinダイオードにおける電流注入により,NV0/NVの電荷制御が可能であることを初めて実証した.東工大の星野らは,選択成長させたn形ダイヤモンドをゲートに用いたpチャネル接合型FETを作製し,オフ電流10−14A以下,ドレーン電圧−10Vにおいてオンオフ比5桁,およびサブスレッショルド領域のスイング値92mV/decadeを達成したことを述べた.産総研の梅沢らは,スパッタリング法により作製したAl2O3フィールドプレート構造からなる縦型ダイヤモンドショットキーダイオードを作製し,順方向実電流値で5Aを達成したことを報告した.早稲田大の鉾田らは,水素終端ダイヤモンド表面のp形表面伝導層の高温熱安定性を評価し,C-H結合は1015〜1090°Cまでの安定性を保つことを発表した.NTTの平間らは,NO2吸着させた水素終端ダイヤモンド表面をAl2O3膜のパッシベーションによって200°Cまで熱安定なFETの作製に成功したことを述べた.本発表は優秀講演賞に選ばれた.早稲田大の小野らは,分子線エピタキシー法によってダイヤモンド基板上に成長させたAlN膜におけるダイヤモンド界面の電気特性を調べ,AlN成膜後においても水素ラジカルを照射することによって水終終端p形伝導層が形成できることを示した.

オーラル特別セッションの「電気化学」では,慶應大の栄長泰明教授より「ダイヤモンド電極の最近の展開」と題する基調講演が行われた.ホウ素ドープダイヤモンド(BDD)を電気化学用の電極材料として用いるときのユニークな特徴として広い電位窓,小さい残余電流などが説明され,これらを生かした最新の応用研究の進展が紹介された.電解還元反応を電気化学的に捉えるpHセンサ応用においては,妨害イオンの影響を除去することでpH1〜12の全域にわたって測定が可能であることが紹介された.他方,有機化学反応において強力な酸化剤などの使用を回避する基礎技術として,ダイヤモンド電極によるメトキシラジカルの生成が紹介された.さらに,最新の画期的な成果として聴衆の注目を集めたのは,人工光合成につながる要素技術やドーパミンのリアルタイム計測を可能にした生体計測プローブとしての応用であった.両者ともに,今後の進展が期待され,成果公表が待ち遠しくなる内容であった.

続く一般講演では青山学院大の児玉らにより,ヘテロエピタキシャル膜を用いた電気化学計測の特性評価が発表された.Ir(100)/MgO(100)基板を用いることで,単結晶ダイヤモンド電極が作製された.これにより,面方位のランダムさの影響を除去することが可能となり,L-Cysteineの高精度な定量に成功していた.慶應大の渡辺の講演では,BDDの膜質により,電位窓やバックグラウンド電流が変化し得ることが示され,センサの用途に応じて,ダイヤモンドの膜質を制御する重要性が指摘された.

東理大の近藤の発表ではスクリーン印刷法を用いる新規手法によりダイヤモンド粉末から電極が形成可能であることが示された.この手法を用いれば,安価にダイヤモンドのセンサが大量生産可能となると予想される.実際に試作された電極は高感度であり,グルコースセンサとしての動作実証がなされていた.東理大の田村らからは,環境中の水質を判断する指標として重要である化学的酸素要求量(COD)をBDD電極により高速かつ高精度に定量可能であるとの成果が発表された.この応用においても,有機物の電解反応を実現する高電位保持がBDD電極により実現され得ることが重要であることが示されていた.続いて東京電機大の大越らは窒素添加されたa-C:H膜により繊維製のScaffoldを被覆することで,表面での細胞の運動性が高く保たれるとの成果を発表した.特に,ヤギの大動脈において実施されたin vivoの試験は,生体内の環境においてもa-C:H膜の生体適合性を示す貴重な内容であるといえよう.

二日目の午後には筑波大学の磯谷順一名誉教授により「カラーセンターから見たダイヤモンドの特殊性」と題する特別講演が行われた.講演ではカラーセンタを結晶格子に閉じ込められた“分子”として捉え,その安定構造や性質を理解するという概念が示された.例としてあげられた格子間C原子を含む“分子”の立体構造はその好例であり,炭素原子二つがペアとして振る舞い,近傍の立体構造を生むという興味深いものであった.続いて,ダイヤモンドのNVセンタを用いることで,単一欠陥による量子力学的現象の観察が可能であることが概説され,こうした特異な挙動にはダイヤモンド格子自身の特性が大きく寄与していることが示された.その実証実験としてNVセンタの配列作製に関する進展が紹介された.量子系を大きくするためには,より一層の同位体濃縮と高純度化,高品質化が重要となることが説明され,本分野の将来展望が示された.

第三日目の最初のセッションでは,電子デバイス応用と研磨に関する講演がなされた.佐賀大の嘉数らによりNO2ガスを用いた水素終端ダイヤモンド表面の正孔伝導に関する講演がなされた.最新の成果として,ダイヤモンドの面方位依存性を発表した.中でも,吸着ガス種に依存した正孔生成の有無を化学種と表面の電子状態でクリアに説明した点は特筆に値する.続く産総研の竹内らの電子放出を用いた超高耐圧スイッチに関する発表では,次世代の送電技術において小型かつ高電圧での電力切換え機器の重要性が紹介された.pinダイオードを用いた実際の素子のオペレーションでは10kVでの動作が実証され,最大電流に関してもさらなる向上が可能であることが説明された.物材機構のLiaoによる単結晶ダイヤモンドを用いたMEMS/NEMSデバイスは,高アスペクト比をもつ深掘りを可能とする化学/物理エッチングの新規手法が提示され,表面が平坦な理想的な梁構造が実現されていた.実際に作製されたデバイスでは,極めて高いQ値と小さい温度依存性をもつことが紹介された.単結晶ダイヤモンドの効率的な加工法として,UVアシスト研磨法に関する研究報告が熊本大の峠から報告された.“その場”計測でCOを検出することにより,UV照射によりダイヤモンドの研磨が促進されることが実証されていた.

午前中2番目のセッションではDLC膜の合成手法や物性制御に関する講演がなされた.電子線照射による極低温合成という切り口でDLC合成を示した発表は山梨大の小林によりなされた.この手法により光学バンドギャップや水素濃度が制御可能であることが示されるなど,物性制御と合成メカニズムが関連付けられていた.産総研の池山は透明性の高いDLC薄膜をMOSFETとIGBTを用いた両極パルス発生により実現していた.特に金属板上に堆積されたDLC薄膜はみごとな干渉色を示しており,膜厚の均一性や制御性の高さを表していた.琉球大の幸地による化学ドーピングに関する発表は,室温においてa-C:Hにドーパントを添加する新規の手法に関するものであった.吸光スペクトルが室温での溶液への浸漬時間に応じて変化することは聴衆の興味を大いに引き,膜内の濃度分布などに関する質疑がなされていた.

午後の最初のセッションでは,CNx薄膜とcBNの新規高圧合成法,ダイヤモンドウィスカの形成に関する3件の発表が行われた.超低摩擦表面への応用を目指したCNx膜の作製方法は千葉大の城谷により発表された.基板電位がアースおよびフローティングの条件において,ナノインデンテーション硬度や組成が変化する現象が,表面へのイオン衝撃により説明されていた.また,この変化はC=NやC≡N結合の増加により明確に説明がなされ,CN系の形成の一つの手掛かりとなる重要な情報が提示されていた.高知工大の陰山による発表では,1nm以下の金属薄膜の堆積と酸素プラズマエッチングによりダイヤモンドのウィスカが形成されることを示すものであった.こうした汎用性の高い手法により微細構造を形成することは電子放出素子としての応用研究においても重要になると考えられよう.住友電工の角谷はバインダを含まないcBNのナノ結晶体の合成環境をダイヤモンドとの比較により説明した.焼結の進展と粒子の微細化を引き起こす温度と圧力条件が明示され,工具寿命を決める要因などに関して深い議論がなされていた.

シンポジウムを締めくくるセッションでは,医療応用,生命化学分野の講演が行われた.滋賀医大の小松による発表では,純水に溶けることが生体環境での可溶性と直接には結び付かないことが明示されるとともに,この問題を解決したナノダイヤモンドの終端制御による可溶化構造が示された.この構造はナノ構造体の終端制御からの化学反応でつくられており,その応用範囲は極めて広いと予想される.特筆すべきは,この新規構造を直径の異なるナノダイヤモンドを用いて形成し,マウスのがん組織への集積に用いた成果であろう.ここでは,ナノダイヤモンドの大きさにより選択的な集積が生じ得ることが示され,生体プローブとしての発展の可能性が強く示されていた.産総研の中村による硫黄官能基修飾されたDLCに関する発表では,単体硫黄を紫外線照射により開環および表面結合させることで,DLC表面に金ナノ粒子が固定化され得ることが示された.そうした修飾面上へDLCをさらに堆積することでDLC/金/DLCの安定なサンドイッチ構造を作製し,表面増強ラマン散乱を示した点は,表面の光化学分析や光物性の点からも注目を集める結果であろう.また,DNA固定が可能である点など,医療分野への応用の方向性を示し,聴衆の興味を引いていた.東理大の小林らによる発表は,高速液体クロマトグラフィのカラムに,化学的安定性に優れるダイヤモンドを用いる取組みに関するものであった.多孔質ダイヤモンドを集積させることで,適切な流速を確保し,4種の有機物を理論どおりに分析可能であること,また,NaOHやHFなどの極端に浸食性の環境においても動作し得ることが示されていた.会場からはsp2成分を除去するための処理に関する質問などがなされるなど,汎用性の高い化学分析でダイヤモンドが活躍し得る点が注目されていた.

〈優秀講演賞,ポスター賞〉

優秀講演賞は発表内容,プレゼンテーション,質疑応答などにおいて優れた講演で,今後ダイヤモンドシンポジウムの発展に寄与することが期待される講演に与えられる.厳正な選考の結果,以下の2件の講演に授与された.

「Al2O3パッシベーションにより熱的安定化したNO2吸着・水素終端ダイヤモンドFET」(NTT物性研平間一行氏).

「高移動度グラフェンにおけるバリスティック伝導と磁気整合効果」(東大生研増渕覚氏).

1,2日目に行われたポスター発表では計75件の発表がなされた.ポスター会場は常時満員で,各ポスター前では熱い議論がなされていた.審査員による採点の結果,最優秀ポスター賞(1件)には,物質・材料研究機構の村田秀信氏による「立方晶窒化ホウ素中のSiの局所環境解析と機能探索」が,優秀ポスター賞(2件)には,青山学院大学の吉川太朗氏による「選択成長ヘテロエピタキシャルダイヤモンドの内部応力評価」と,早稲田大学の渋谷恵氏による「CNT/SiC界面の接触抵抗評価」が選ばれた.

 

小出 康夫(物質・材料研究機構)

野瀬 健二(東京大学)

 

▲ Top ▲